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3回目の歯医者へ行って前歯を治してもらった。

口内環境がどんどん改善されているのが自分でも分かってとても良いのだけど、子どものころに比べて歯医者に掛かるときの絶望感や治療の時間の長さ、そしてその日の治療を終えて歯医者を出てきたときのあの圧倒的な克服と達成の気持ちが薄まっているように感じてならない。

小学生のときの僕は待合室であの独特の薬品の匂いを嗅ぎながら、これから自分の身に降りかかる恐怖の時間を想像して刑の執行を待つ死刑囚みたいな気持ちだったし、歯茎への麻酔注射は「あれ、今僕もしかして口の中を毒蛇に噛まれてる…?」と思うくらい深く深く突き刺さっているように感じた。脳髄に響くドリルの音もこれから自分が生きていく上で本当に必要なものを直接的に根こそぎ削り落されているような哀しみを伴っていたし、当時の僕にとって「歯医者さんに行く」ということは本当にもう苦痛以外の何物でもなかった。地獄の時間は実際の10倍にも100倍にも長く引き伸ばされて感じて、その分治療が終わった時の開放感はこの世の全てのものが美しく感じるほどだったように思う。

でも今の、大人になった、24歳の僕はどうか、というとちょっと「痛いのは嫌だな…」と思うくらいで治療時間の30分はそのまま30分として捉えているし、衛生士のお姉さんに「お大事に~」と見送られても「あー次回は1週間後かー」と思うくらいで何の感慨もない。これが、この無感動さが「大人になること」だとしたら、人生なんてどんどん色褪せていってるんじゃないか。子どものころと同質量で痛みや悲しみを感じる代わりでもいいから、どうにか喜びや興奮も10歳の体感のままでいられないものかと思う。とにかくこのままではいけない、全てのものに新鮮さを、バースデーケーキに乗ったチョコプレートに最大級のときめきを、ベッドの下と仏壇の奥に恐怖と畏怖を、過去のものとしてでなくリアルタイムの臨場感で覚え続けるには。どうしたらいいのかなーと、ここ最近ちょくちょく考えている。